帰省と母

子ども

早かったね

帰省の終わりが近づくと、母はよく言う。

昔は言わなかったな、と思って色んな感情が入り混じり、鼻の奥がつんとして、曖昧に笑いながら

そうだね

とだけ、いつも返す。

私が大学進学時に1人暮らしするために家を出るときも、就職先を地元で探し実家に戻ることもできたけどそのまま向こうに残って就職したときも、決して寂しそうな素振りは私には見せたことがなかった。

今まで子に隠していた寂しいという本音、楽しくてあっという間だったという本音を伝えられることで、母が私の母としての役目をもうすぐ終えようとしていると感じるからかもしれない。

まだまだ、いつまでも、永遠に、生きていてほしいけど。

私が娘を産んだのは38のときだ。

母が私を産んだ年より10年もあとだ。

ということは、47になっても想像するだけでこんなに悲しくて考えたくなくて、受け入れられないいつか来る母との別れが、一般的な寿命で考えると娘には10年早く訪れることになる。

娘を産んで何年かしてそのことに気づいて、申し訳なくてお風呂の中でおいおい泣いた。

例えば娘が結婚して子どもを産んだとして、私はそのときには年老いていて何の手助けもしてあげられないかもしれない。

それどころかボケたり病気になったりして迷惑をかけているかも。

極力迷惑はかけないようにお金でどうにかするつもりではいるけれど!

自分は妊娠中から産後、そして現在に至るまでめちゃくちゃ両親にお世話になりまくっているというのに、同じように娘にはしてあげられないことが申し訳なくて泣いた。

情緒不安定すぎてびっくりするけれど、産後のホルモンバランスのせいということにしてほしい

親になって身をもって日々感じる。

金銭的にも体力的にも、10年の差は大きい。

いまさら産んだ年も自分の年齢も変えられない。

だから母に対しても、娘に対しても、残された時間でできるだけのことをしていこうと思っている。

そして少しでも元気で長生きしよう。私も母も。

子のためにも金は大事!

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