私は第一子も第二子も不妊治療(体外受精)で授かりました。
今思い返しても、努力と忍耐とお金、その上に奇跡が起こったのだと思います。
最初の出産からは8年たっていますが、記憶に残っていることを記事にします。
まずは不妊治療に至るまでの流れや気持ちから。
迷いなく始めることを決めた不妊治療
35歳で結婚したので、入籍して結婚式が終わればすぐに不妊治療をスタートすると決めていました。
結婚式は親族だけでハワイで。
入籍は11月、結婚式は2月と少し間が空きましたが、万が一妊娠して人生初めてのハワイや結婚式を心から楽しめなかったらと心配し、終わってから妊活することにしたのでした。
ちなみに高齢出産の定義は以下の通り。
日本産科婦人科学会が35歳以上で初めて出産(初産)することを「高年齢初産」と定義
WHO(世界保健機関)は初産婦は35歳以上、経産婦は40歳以上を「高齢出産」と定義
38歳と41歳で産んだ私はどちらもあてはまっていますね。
経産婦は40歳以上の定義は今初めて知りました。
仕事か子どもか
結婚した当初、私は広告制作会社で働いていました。
いわゆるベンチャー企業で給料は安いものの、初期メンバーとして重要なポストを任されていました。
土日どちらか出勤は当たり前、毎日帰宅は22時以降、休日以外はほぼ会社で過ごす日々。
もちろん時間外手当などはありませんよ!
結婚して3か月ほどたった頃、社長に給料が減ってもいいので定時で退社する働き方がしたいと希望しました。
夫と一緒に暮らし始めても、平日顔を合わせるのは帰宅後の1時間程度。
これでは到底子どもを持つことなどできないと思ったからです。
社長はどんどん会社を大きくしようとして他社と業務提携したり、新卒を積極的に採用し始めた頃だったので
5年は無理
と言われました。
その場ですぐに退職希望を伝えたので、取引先も含めみんなびっくりしたのを今でも覚えています。
35歳だった私は5年も待てません。
私の子どもは私しか生むことができない。
私がどうなろうと会社はなんの責任も取らない。
迷いはありませんでした。
その後1か月ほど引き継ぎや送別会、結婚祝いなどもいただき円満に退社。
ちなみに35歳までずっと仕事し続けてきた私には無職は暇すぎて、不妊治療に支障のなさそうな週3日で5時間程度の派遣の仕事を見つけてまた仕事を始めます。
その後、里帰りするまで続け、こちらも円満に契約終了しました。
不妊治療に至るまでの流れや気持ちまとめ
特に持病もなく、生理も順調だった私ですが、結婚した年齢がいわゆる高齢出産と言われる35歳だったので、プロに相談しながら最適な方法で妊娠したいという気持ちがありました。
自然妊娠が難しければ次のステップに進むのも覚悟の上で通院をスタートしましたが、なんとなくうまくいくだろうと思っていた私には想像を絶する長く過酷な年月でした。
それについてはまた改めて別記事で。


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